中西 賢次

応用解析学講座

Nakanishi Kenji

応用解析学講座

教授 中西 賢次 Nakanishi Kenji

応用解析学講座 中西 賢次1973年三重県伊勢市生まれ。
1999年神戸大学理学部助手、以降、名大・京大を経て、2015年大阪大学情報科学研究科に着任。
専門は偏微分方程式。

先ずは私が数学を専門に選ぶまでの経緯からお話ししたいと思います。最近の若い人は知らないでしょうが、かつて人類滅亡の預言として一世を風靡した五島勉氏の「ノストラダムスの大予言」が出版されたのが1973年、その中で滅亡の年とされたのが1999年でした。ちょうどその出版直後に三重の田舎で生まれた私の人生最初の20数年は、地球最後の日までのカウントダウンを進行していたわけで、子供心に何とかしたいと使命感に燃えていたような気がします。なお、私の故郷伊勢市は、最近の遷宮で中心部は大分改装されて綺麗になってしまいましたが、私の実家の辺りは平成の大合併前は伊勢市に属しておらず、戦後しばらくは村でした。

とは言え日本の情報社会化は既に田舎の隅々まで到達しており、私も幼稚園の頃には、当時の総理大臣がアーとかウーしか言えない様に心を痛め、これは自分がやるしかないと思ったものです。しかし小学校の生徒会会長に立候補して落選し、民主主義政治に自分は向いてないと思い直しました。そして自分の能力を世の中に直接生かすため、科学者への道を目指します。

もちろん地球を救うためには、科学の一分野だけでは全然足りません。そこで東大理一に入学してから色んな講義を手当たり次第に受講しました。今では私も講義をする立場になって、近年は急速に易しくなっていると感じますが、私が受けた講義では、量子化学でいきなりシュレディンガー方程式の解公式の一覧表が配布されたり、解析力学の講義で何の説明もなく延々とテンソルの計算が続いたりと、わりと無茶なことがまだあったように思います。

元々、個々の自然現象に余り興味が無かったから仕方ないかもしれませんが、色々受講して単位は取れたものの何かを得た、またはこれからどこかへ進んでいくという実感はありませんでした。私の当時の結論としては、どの分野を選んだとしても自然科学という巨体の内の小さな一つのパーツになるのが関の山と感じました。そこでどうせ一つのパーツなら、巨体を統べる可能性を探りたい、それは数学しかないだろう、と考えたわけです。東大では2年生の時に進学振り分けで自分の専門すなわち学部学科を決めるわけですが、私は理学部数学科を選びました。最終的な決断の背景には、偶々その頃読んだ小説「ジュラシックパーク」に登場する数学者イアン・マルカムの影響があったかもしれません。なお小説でのマルカムのキャラクターは映画版とかなり異なり、パークの破滅を予言し続け最後は死んでしまう役回りになっています。

さて、私が数学を選んだいきさつを思いつくままに書いてきましたが、実際ほとんど今の思いつきである事は否定できません。そもそも私が数学を選んだ一つの理由として、数学なら記憶力が無くても何とかなるだろうと思ったくらい、私は記憶が苦手で、昔の事はほとんど覚えていないのです。それどころか最近は執筆中の論文の内容まで忘れてしまい、同じ問題を何度も解いたりするしまつです。ところが数学者と付き合ってみると、驚くほど記憶力が良い(らしい)人が多く、本当にどうでもいいような他人の過去の言動まで細かく覚えているのには困惑させられる事がしばしばです。もちろん私は自分が記憶できないので、他人の記憶を信用できるはずもなく、捏造と改竄に満ちているにちがいないと思っています。

最近では情報全般がクラウドで保持されるようになり、私のように記憶力の無い者へ時代の風が吹いている事を感じます。数学の研究に関する情報がインターネット上へ全面的に移行し始めたのもちょうど私が数学を志した頃だったように思います。今では数学者の業績ならアメリカ数学会の「MathSciNet」で簡単に検索でき、こんないい加減な紹介文よりも遥かに正確、客観的で、効率良く情報を得る事ができます。多少の知識は要りますし、大学など購読している所からでないと見れませんが、可能ならそちらをお勧めします。でもそうでない方のために、もう少し駄文を続ける事にしましょう。

上述の MathSciNet を私は自分の論文をチェックするのにも良く使いますが、着実に機能が進歩していて、日本数学会には絶対にできないなと感心させられます。しかし最近は発達し過ぎて余計な機能も付いてきています。例えば論文著者名をクリックすると、以前はその人の論文リストへ飛んでいたのが、個人のプロフィールへ飛ぶようになりました。論文リストを出すにはもう一クリックしないといけなくなったので、私には例えば Google の動く題字などより遥かに鬱陶しいです。

この研究者のプロフィールに論文リストは含まれていませんが、興味深い事に共著者のリストは掲示されていて、しかも論文数に応じて名前の大きさが変わるという(これまた余計な)サービスぶりです。普段は無視していますが、今回改めて自分の共著者を見てみると、いつのまにか26人になっていました。ちなみに出身国は13で、こちらは自分で数えました。更にまだ出版されていないものを入れると、少なくとも5人と2国が追加されます。これは一般的に言って特に多いとは思えませんが、私は学生時代、数学は一人でするものと信じ切っていましたし、それにも増して「ぼっち」でしたから、この変化には感慨深いものがあります。どのくらいぼっちだったかと言うと、大学時代にまともに話した事のある同級生は少なめに見れば片手、多めに見ても両手で足りるでしょう。当時「便所飯」というアイデアは無かったし、駒場の建物は大半が汚かったのでどの道無理でしたが、生協食堂でも食べる気になれず、比較的きれいな建物の周辺で弁当(自作)を食べておりました。

そんな性格も考慮すると、私は共同研究者に恵まれてきたと思います。多くは向こうからのお誘いでしたし、一つの論文が別の人たちとの研究に繋がったり、アイデアを使ったりして発展していく事も良くあり、彼らとの出会いが無ければ、私のこれまでの研究は半分も進んでいなかったことでしょう。そこでここからは、共同研究の中でも特に重要なものをいくつか選び、それらを中心にお話ししたいと思います。

海外で最初の共同研究者は、Courant 研究所の Nader Masmoudi 氏でした。彼は非線形偏微分方程式について、2つ以上の方程式が極限で結びつけられているときに、それぞれの解同士の極限関係を調べるという問題の専門家です。彼は元々、流体の方程式を中心に研究していましたが、非線形波動の方程式にも興味を持ちつつあったときに、私が Courant 研究所でその手の成果を発表したのが切っ掛けでした。その研究も町原秀二氏と小澤徹氏との共同で、非線形 Klein-Gordon 方程式と呼ばれる偏微分方程式に対して、非相対論極限すなわち光速定数を無限大と見なす極限を考察したものです。

Masmoudi 氏との付き合いで特に印象に残っているのは、彼がまだ独身の頃、アパートへ夕食に招いてくれた事です。メインは謎の黒いスープでしたが、非常に深い味わいで美味しく、一体何かと尋ねると、シンプルに「モロヘイヤ」との答えでした。それまでモロヘイヤと言えばお浸しや天ぷらのイメージしかなかったので違いに驚きましたが、よくよく味わってみると確かに特徴的な香りがします。しかもその料理は遥々チュニジアから来たお母さんが作り置いていったものだと聞き、貴重なものを分けてくれたことに感激したのを覚えています。それ以来、チュニジアのモロヘイヤは私が海外で最も好きな料理の一つになりました。

彼との研究は、非線形 Klein-Gordon 方程式から始まって、Maxwell-Klein-Gordon方程式系、Maxwell-Dirac 方程式系、Zakharov 方程式系などへ発展していき、またチュニジア人の繋がりで、Slim Ibrahim 氏、Mohamed Majdoub 氏、LasaadAloui 氏との共同研究へ広がって行きました。Majdoub 氏には政変前のチュニジアで研究集会に招待してもらい、大理石の建物やプライベートビーチのあるホテルは私にとってこれまでで一番豪華な所だったと思います。しかし食事の方は一向にチュニジアらしいものが出てこないので文句を言うと、一晩だけチュニジアスペシャルにしてくれました。でもモロヘイヤはやっぱり Masmoudi 氏のお母さんの方が上手かったような気がします。

研究の方では、Zakharov 方程式系に対する亜音速極限、すなわち音速を無限大と見なす極限問題は、珍しく私の方から提案した課題だったので印象に残っています。Zakharov 方程式系は、プラズマ中の2種類の波動(静電気力による振動と、流体の圧縮膨張による振動)の相互作用による時間変化を記述するもので、後者に関わる音速の他に、前者の振動数も方程式のパラメータに入ります。これらを両方極限移行したものが非線形 Schrodinger 方程式になることは、Zakharov 氏自身によって(数学的に厳密ではないが)示されました。Masmoudi 氏との研究では、この2重極限を物理的な設定を度外視して一般的に考えると、非線形共鳴が特定の周波数で増幅されて、極限の方程式に特異性が現れる事が分かりました。興味深いのは、極限前の方程式は保存系で未来と過去が対称なのに、極限後の方程式では共鳴周波数からエネルギー散逸が起るため時間の対称性が破れるという事です。この結果に物理的な意味があるかどうかは分かりませんが、その論文は雑誌 Annales de l’Institut Henri Poincare, AnalyseNon Lineaire の「Best paper award 2010」に選ばれています。

上記の研究に入る以前、Masmoudi 氏との初期の共同研究は、私が日本学術振興会の海外特別研究員として Princeton 大学に滞在中に大きく進展しました。同じ頃に始まったのが、British Columbia 大学の Stephen Gustafson 氏と Tai-Peng Tsai氏との共同研究です。Tsai 氏とはそれ以前に台湾の清華大学でも会った事がありましたが、プリンストンで再会したときに、Banff international research station での合宿による共同研究を企画したのが始まりでした。Tsai 氏はそれ以前から非線形Schrodinger 方程式に対するソリトンの漸近完全性に関する研究をしていましたが、安定性の鍵となる放射性波動の時間的な減衰を、時空積分やエネルギーを使って制御する事に興味があったようです。私自身は彼らとの研究で初めてソリトンの安定性に関する勉強をしました。合宿での共同研究も、3人での議論も初めての経験でしたが、ロッキー山麓のスキーリゾートとしても人気のバンフは景色も空気も素晴らしく、議論の合間に森の中や渓谷を散歩できるという最高の環境でした。議論の方は大体、Tsai 氏が楽観的、私が懐疑的で、Gustafson 氏がまとめ役と言った感じで大変濃密なものになりました。合宿の成果は、エネルギー空間でのソリトンの漸近安定性についての論文となり、その後彼らとの共同研究は、ソリトンを中心として、平面波や調和写像の安定性の問題へと発展していきます。

強磁性体のモデル方程式である、平面から球面への Schrodinger 方程式や熱方程式に対する調和写像の安定性は、私が京大の海外派遣助成で British Columbia 大学に一年滞在したときに主な課題となったものです。調和写像の安定性は写像の回転数によって変わるのですが、最初は3人とも、回転数が2で状況が変わるとは予測していなかったため、何度も議論の修正が必要となり、一時はほとんど日替わりで結論が変わっていた頃もありました。最終的には、回転数が3以上なら調和写像を摂動しても時間が十分経てば別の調和写像に落ち着くが、回転数2で熱方程式の場合、時間がいくら経過しても調和写像が膨張と縮小を繰り返す事があるという事が分かりました。後に、似たような現象は Pola?ik-Yanagida により反応拡散方程式で示されていた事を知りましたが、我々の結果はエネルギー空間における全ての小さな摂動に対して時刻大での漸近挙動が具体的に与えられるというのが特長です。

British Columbia 大学はバンクーバーの市街地から離れて森を通り過ぎた先にあり、海岸もすぐ近くです。一年の滞在時はアパートもキャンパス傍に借りて、買い物などは不便ながら素晴らしい環境を堪能しました。大学から直ぐの海岸はヌーディストビーチなので少し勇気が要りますが、露天風呂のでかいようなものと思えばどうという事はありません。Tsai 氏が名大の私を訪問したとき、台湾のガイドブックに下呂温泉の事が載っていたので二人で行って、川辺で橋から丸見えの露天温泉に入ったのは良い思い出ですが、それと比べれば一般通行人から見られる事は無いのが良いです。残念ながら海水はあまり綺麗でなく、私の印象では琵琶湖と似たようなものでしたが、それでも何度か泳ぎました。

Princeton 大学に滞在中は色んな人と会いましたが、その当時はほとんど話はしなくても、後になってから共同研究をするようになった人が何人もいます。Chicago 大学の Wilhelm Schlag 氏もその内の一人で、プリンストンでは Rodnianski 氏の家に二人で夕食に招かれた時のことくらいしか記憶にありません。Schlag 氏との共同研究はかなり後になって、彼が京大を訪問した時に始まりました。彼は以前から非線形波動方程式の解の時間大域挙動について、その大きな境目となり得る解の集合を無限次元の多様体として構成し、またそれが実際に境になっているかどうかに興味を持っていました。

私はその前に、Masmoudi 氏と Ibrahim 氏との共同研究で、非線形 Klein-Gordon方程式の解を、基底状態と呼ばれる時間不変な解より下のエネルギーの範囲で調べていました。Schlag 氏が調べていた多様体は基底状態の近傍にあるので、自然な疑問として、エネルギー範囲を少し上まで引き上げたらどうなるか、と言うのが彼の問題提起でした。私は聞かれるまでは、基底状態を一旦超えると何もできないような気がしていたのですが、それまでの研究で蓄積したアイデアを総動員して挑戦してみると、意外なほど簡単に解決策が見つかりました。この成果は、非線形 Schrodinger 方程式や非線形波動方程式にも拡張して、数本の論文に纏めました。また、それらの論文と彼の講義を基にしたレクチャーノートがヨーロッパ数学会から出版されました。

数学以外でも、Schlag 氏に教えて貰った事は色々あります。彼は京都滞在中、一人であちこち見て回っていたようですが、ある日私も付き合うと、面白い所へ連れて行ってくれるというので行ってみれば、一保堂というお茶屋さんでした。そこは隣のカフェで抹茶をたてたり飲んだりできるのですが、私はそれまで薄茶しか知らなかったので、初めての濃茶に衝撃を受け、また外国人に教えてもらったことを恥ずかしく思ったものです。彼は日本茶がずいぶん気に入ったようで、シカゴに帰ってからも取り寄せていると聞きました。また後に Monte Verita での研究集会に参加したとき、彼は主催者の一人でしたが、茶室がある事を教えてくれて二人で行きました。このときは濃茶ではなかったと思います。

右ページの九つの図は、非線形波動の偏微分方程式の解に対する数学的研究の進歩を表現したものです。枠内の1点がそれぞれ一つの解を表し、あたかも3次元空間を射影したように描いていますが、本当は無限次元空間なので、無茶苦茶強引な構成になっています。上記のレクチャーノート内の図は全て Schlag 氏が作ったものですが、かなり違って見えるのも当然と言えます。もちろんこの図は研究の歴史の極めて限られた一面を切り取ったもので、他に膨大な量と方向性の研究がある事は言うまでもありませんが、左上から右下へと時代が進むにつれて、白い未解明領域が次第に開拓されている様子が伝われば幸いです。絵的には帝国主義の領土拡張と同じように見えますが、研究進展の各ステップにも無限次元の違いがあります。例えば最後の右下の図では、青い領域(散乱解)と赤い領域(爆発解)がオレンジの曲線にそって接していますが、このオレンジ色の領域も本当は無限次元の広がりを持っています。全体の無限次元空間と比べると2次元低いため、3次元で表すと3-2=1次元になってしまったというわけです。

それに対して一つ前の図までは、青と赤の接点は1点(基底状態)だけですが、これは無限次元空間でも1点です。正確には、方程式の対称性と基底状態の対称性の差の分だけ有限次元の広がりを持つのですが、図ではこの有限次元部分は除かれています。

ここ数年は他の研究と並行して、最後の図の拡張を様々に試みてきましたが、そろそろ本質的な進展があるのではないかという予感がしています。大阪大学での新たな出会いがそれに結び付けば、こんなに嬉しい事はありません。非線形偏微分方程式の数学は、問題は沢山あっても歴史や道具の蓄積は多くありません。伝統的な抽象数学が、楼閣に楼閣を重ねて天を衝くようなものだとすると、我々の仕事は、荒野をひた走り地の果てを切り拓くようなものという感じがします。その先に人類の希望があるかどうかは200年くらい経たないと分からないかもしれませんが、それでも興味が持てると言う人は、私と一緒に次のフロンティアを目指しませんか?

  • ①1960-70年代: 小さな時間大域解、基底状態、爆発解(互いに離れている)
  • ②1975:Payne-Sattinger 大域解と爆発解の領域が拡張され、基底状態で接する
  • ③1981:Strauss 小さな解の大域的分散性(散乱)① が示される
  • ④見易さのため、基底状態の近傍を拡大表示します。
  • ⑤左図の枠内を拡大しました。
  • ⑥1989:Bates-Jones 基底状態の近傍に留まる解の集合を構成
  • ⑦2006:Kenig-Merle 基底状態エネルギー下の全ての大域解が散乱
  • ⑧2008:Duyckaerts-Merle 基底状態エネルギーちょうどまでの解を分類
  • ⑨2011:Nakanishi-Schlag 基底状態エネルギーを少し超えた所まで解を分類

略歴

  • 1999年 神戸大学 助手(理学部)
  • 2001年 名古屋大学 助教授(多元数理科学研究科)
  • 2005年 京都大学 助教授(理学研究科)
  • 2007年 京都大学 准教授(理学研究科)
  • 2015年 大阪大学 教授(情報科学研究科)

連絡先

4ケタの電話番号は、大阪大学での内線番号です。豊と表記されたものは(市外局番 06)6850、吹と表記されたものは(市外局番 06)6879 に続けてダイアルすることで大阪大学外からもダイアルインでかけることができます。 ただし,吹(内線)と表記されたものは,大代表(06)6879-5111にかけてください
メールアドレスは、末尾の”osaka-u.ac.jp”が省略されていますので、送信前に”osaka-u.ac.jp”を付加してください。

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